緋山酔恭「B級哲学仙境録」 コンプレックスとバイアス



B級哲学仙境論


コンプレックス

バイアス

 


コンプレックスと
バイアス




コンプレックス



コンプレックスとは

日本では劣等感を意味しますが

本来は、複合化された感情を言います


「複合観念」と直訳されます

(観念とは、あるモノやコトについていだく意味内容)



例えば、劣等感のコンプレックスの場合

ただ単に人より劣っているという感情=劣等感に


怒りや悲しみなどの体験

あるは強い嫉妬や憎悪などの感情が

無意識的に結びついた心理状態をいうそうです




人間誰しもが持っているのが

「劣等感のコンプレックス」だとされます


それから「退行コンプレックス」というのは

「モラトリアム」〔大事なことを引き延ばしに引き延ばして、やらない状態

もともとは、経済学の用語で「支払猶予期間」のこと〕など

現実に挑戦するのを回避し、他人に甘えたりする心理をいうそうです



色々なコンプレックスがあるようです



「ファザコン」〔ファザー・コンプレックス

子供が父親に抱く愛着。マザコンの対義語として成立したと言われる〕


「ブラコン」〔ブラザー・コンプレックス

兄や弟に対する妹や姉の恋愛的感情や独占欲。また兄弟の間の強い絆〕


「シスコン」〔シスター・コンプレックス

姉や妹に対する弟や兄の恋愛的感情や独占欲。また姉妹の間の強い絆〕





「ロリコン」〔ロリータ・コンプレックス。少女に対する愛着〕

は、よく知られています


名称は、ウラジーミル・ナボコフ

(1899~1977・ロシア出身。ヨーロッパとアメリカで活動した作家・詩人)

の小説「ロリータ」の登場人物 ロリータに由来するそうです




少女に対する愛着の「ロリコン」に対し

少年に対する愛着を「ショタコン」(正太郎コンプレックス)と言います



1981年、アニメ雑誌『ふぁんろーど』(現『ファンロード』)の編集長

イニシャルビスケットのK(ペンネーム)という人が

読者からの質問に答えるコーナーで


「少女を好きな男性はロリコンと呼ばれるが

では少年を好きな女性は何と呼ぶべきか?」という問いに対し


半ズボンの似合う少年の代表として

『鉄人28号』の主人公・金田正太郎の名を取って

「正太郎コンプレックス」と回答したのが、名称の始まりらしいです





人を助けることで自分は幸せだと思い込もうとする心理は

「メサコン」〔メサイア・コンプレックス

メサイアはメシア=救世主のこと〕




「人形」を愛したり、女性を人形のように扱い

自分の理想どおりの振舞いを求める性癖を

「ピグマリオン・コンプレックス」


ギリシア神話に登場するキュプロスの王 ピグマリオンと

類型の心理状態だといいます



ピグマリオンは、現実の女性に失望し

愛と美の女神 アプロディテをモチーフにして

自ら理想の女性 ガラテイアを彫り上げた



像を見ているうちに、ガラテイアが服を着ていないことに

「恥ずかしく感じていないか」と思い始め、服を彫る


さらにガラテイアのために食事を用意したり

話しかけたりするようになり

その彫像から離れなくなり次第に衰弱していった



その姿を見かねた愛の女神 アプロディテが

彼の願いを容れて彫像に生命を与えて人間とした

ピグマリオンは彼女を妻とした



逆に、男性に人形みたいに扱われたいという女性の

「ガラテイア願望」もコンプレックスの一種でしょう



なお、ピグマリオンが毎日

彫像のガラテイアを見つめて人間になることを願い

ついに それが叶ったように


教師の期待によって学習者の成績が向上することを

「ピグマリオン効果」別名、「教師期待効果」と言います




それから、女でありながら「男らしくなりたい」とか

「男性でありたい」という心理を「ダイアナ・コンプレックス」


ダイアナ(英語・ラテン語はディアナ)は

ローマ神話に登場する月の女神です


ローマ独自の神話というは、ほとんど現存しないので

ローマ神話は、ギリシア神話にローマの神々をあてたものなります


ダイアナには、アルテミスがあてられます


アルテミスは、ギリシア神話の月の女神であり、狩猟の神であり

また生涯処女を貫き、アテナとともに処女神の代表でもあります






旧約聖書から名称を得たものとしては


旧約聖書外典の1つ『ユディト記』に登場する

ユダヤ人女性・未亡人の ユディトが


町に侵略してきた敵の大将ホロフェルネスを魅惑し

抱こうとしたホロフェルネスの首を斬り町を救ったという話から


強い男に身をまかせたい心理と

一方で自分の操(みさお)をけがした男を「殺したい」

という憎しみとが


無意識に同居している精神状態を

「ユディット・コンプレックス」と言います





旧約聖書の「創世記」によると

アダムとイブはたくさんの子を授かっていて

その長男がカインで次男がアベル


カインは耕作者となり、アベルは羊飼いとなる


アベルの供物を神はよろこび

憎しみの心をもつカインの供物を神が拒否したことから


嫉妬をいだいたカインは

アベルを野につれていき、襲いかって殺してしまう



この話から、兄弟間の心の葛藤

兄弟・姉妹間で抱く競争心や嫉妬心のことを

「カイン・コンプレックス」と言います






フランスの哲学者 サルトル(1905~1980)が提唱した

「アブラハム・コンプレックス」


旧約聖書の「創世記」に

神が、アブラハム(ユダヤ民族とアラブ民族の祖)の信仰を試そうと

息子のイサクを焼いて、供物としてささげるように求めた


アブラハムはこれに従った

イサクも直前になって自分が犠牲になることを悟ったが抗わなかった



アブラハムがまさに息子を屠ろうとしたその瞬間

神は、アブラハムの信仰の確かさを知ってこれを止め


"あなたの子孫を、天の星のように、海辺の砂のように増やそう

(中略) 地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る"

と、アブラハムを祝福する話があります



サルトルは、アブラハムがある日聞いた声を

神の声と認識したのは、じつはアブラハム自身の声で


アブラハムにイサクへの殺意があったと分析し

子供に対する父親の対抗的心理を

「アブラハム・コンプレックス」と名付けています



一方、母親の娘に対する対抗的心理は

「白雪姫コンプレックス」と言います




≪白馬をまたがる素敵な王子様が

どこからか現れて、自分を救ってくれる≫

という幻想を抱く「シンデレラ・コンプレックス」



不幸な女性を見るとつい救ってしまいたくなる男性の心理である

「カメリア・コンプレックス」



カメリアは「椿」の意味で

アレクサンドル・デュマ・フィス

〔1824~ 1895・フランスの劇作家、小説家〕

の小説「椿姫」からきているそうです




●  椿 姫


19世紀中ごろのパリ、月の25日間は白い椿を身に付け

残り5日の生理期間には

赤い椿を身に付けていたため『椿姫』と呼ばれた

高級娼婦 マルグリット・ゴーティエの話


何度も映画化され、舞台化もされている

あらすじはおよそ以下のとおり


マルグリットは贅沢で、享楽的な生活をしていたが

友人に紹介された青年 アルマンの誠実な愛に気づき

2人は愛におち、パリ近郊にあるアルマンの別荘で幸福の時を過ごす


ところが息子の噂を聞いて駆けつけたアルマンの父親が

マルグリットに息子と別れるように言う


マルグリットは真実の愛を訴えるが、受け入れられず、別れを決意する


何も知らないアルマンはマルグリットに裏切られたと思い込む


マルグリットはパリの社交界に戻り

かつてパトロンだった男爵に手を引かれて現れる


数か月後、マルグリットは難病におかされ

自分の最期が近づいていたことを悟る


そこへ全ての事情を父から聞いたアルマンが駆けつけ

彼女に許しを請い、2人は再び一緒に暮らすことを誓うが

時はすでに遅く、マルグリットはアルマンとの幸せ日々を思い出しつつ

息を引き取る





それから、ローマ帝国の皇帝 ネロ

(キリスト教徒を迫害したことで有名)が


母のユリア・アグリッピナに犯された記憶がもとで

ついには、自暴自棄になって母親を殺し


「俺は狂人なんだ」

という強迫観念に襲われ悪政に走ったという話から


社会心理学者 南博〔みなみひろし・1914~2001・

日本女子大学教授、一橋大学教授、成城大学教授

日本社会心理学会理事長を歴任〕は

「アグリッピナ・コンプレックス」という概念を唱えています



南によると

幼児期の男児が母親の乳首を吸う際、男児が性的快感を覚える一方

乳首を吸われている方の母親も性的快感を覚えていると


母親の方がその性的快感を忘れられず

無意識のうちに離乳を拒否すると

男児の方に母親の忌まわしい記憶がコンプレックスとして残る

といいます




「アグリッピナ・コンプレックス」とは

マザコンとは逆に

子供は母親が近づくことに非常な嫌悪感を持つ心理で


母親から性的虐待をされた男児は

その原体験によって、このコンプレックスに陥るとされ


さらに「自分は狂っている。ならばさらに狂ってしまえ」

という心理状態に陥って


薬物依存、セックス依存、セックス恐怖

人間関係や夫婦関係がうまく行かないなどの問題があらわれる

というものです (但し仮説の域を出ないようです)





その他

「フランケンシュタイン・コンプレックス」は

創造主である父なる神にとって代わり


生命体としてのサイボーグ(人造人間)やロボットが

人間によって創造されることにあこがれを抱いたり


また、人間の創造物であるサイボーグやロボットによって

人間が滅ぼされるのではないか

という恐れを抱いたりする心理を言うらしいです




それから

女性には、男性に愛されたいと願うから

「裸を見せたいという」心理があり


男性は、女性を愛したいと願うから

「裸を見たい」という心理がある


この2つの心理を

「スペクタキュラ・コンプレックス」というそうです



スペクタクルは、映画・演劇の見せ場。壮大・豪華な場面

スペクタキュラーは、壮観なさま。華やかなさまの意味です







認知的不協和



社会心理学の用語に

「認知的不協和」というのがあります


よくあげられる例が「喫煙者の不協和」です


A、自分はタバコを吸う  B、タバコを吸う人は肺ガンになりやすい


「肺ガンになりやすい」(認知A)ことを知りながら

自分は「タバコを吸う」(認知B)という行為をするため


認知Aと認知Bは矛盾し、不協和を感じる



こうした不協和については

解消しようという心理が働くそうです



その結果

「明日から吸わなければいいや」とか

「祖父はヘビースモーカーだったけど長寿だった

だから自分も大丈夫である」とかいった理由付けをするわけです




また、イソップ童話の「キツネとすっぱいブドウ」という話も

例としてよくあげられます



● キツネとすっぱいブドウ


キツネが、おいしそうなぶどうを見つける


食べようとしてジャンプするが届かない

何度やっても届かない


キツネは「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう」

と負け惜しみ言って立ち去る


英語圏で「Sour Grapes」(すっぱいぶどう)は

「負け惜しみ」を意味する熟語になっている




「手に入れたくてたまらない」(認知A)

「努力しても手が届かない」(認知B)


認知的不協和が生じる


不協和が生じる対象を

価値がないものとみること


不協和を解消し、心の平安を得る


ということです







バイアス



また、認知心理学、社会心理学に

「バイアス」(認知バイアス)という用語があります


≪バイアス≫とはもともと「偏り」の意味で

心理学の「認知バイアス」とは


人間の判断・認知・意思決定などに

紛れ込む思考的な偏り、偏見のことです



様々なバイアスがあるとされます



例をあげると


無意識に、自分の先入観を補完しようと

自分に都合のよい情報だけを集め

都合の悪い情報は軽視してしまう≪確証バイアス≫



権威のある人や専門家の話はすべて正しいと思い込み

深く考えずに信用してしまう≪権威バイアス≫



成功を自分の能力や努力に還元する一方

失敗を他人や環境のせいにする≪自己奉仕バイアス≫



自身の失敗について外部の要因を戦略的に集め

それによって非難をかわそうとすることを

≪セルフ・ハンディキャッピング≫



いったんある決断をすると、その後に得る情報は

決断した内容に即して、有利に解釈してしまう≪追認バイアス≫



他人が自分と同じように考え、自分に同意するはずだと思い込む

≪偽(ぎ)の合意効果≫ ≪投影のバイアス≫



「自分だけは大丈夫」とか「今回は大丈夫」と考える

≪正常性バイアス≫(正常化のバイアス)


予期しづらい事態、危機的状況を過小評価し

これは正常の範囲であると考えるものところからくるそうです


しかし、危険な山への登山なんかは

これがないとできないという面もあります



集団に所属することで

集団内の人たちの言動に同調し、行動してしまう

≪集団同調性バイアス≫



自分の所属する集団の多様性が

他集団よりも高いなどとみなす≪内集団バイアス≫


宗教団体によくみられます



損失につながるとわかっているにもかかわらず

これまでの投資を惜しんで、投資をやめられない≪コンコルド効果≫


〔イギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機コンコルドが

燃料費や騒音の問題により商業化に失敗したことから〕



新しい事実に直面しても、それまで持っていた考えに固執し

考えを徐々にしか変えられないという≪保守性≫



あるものごとに対する評価が

ヒントとして与えられた情報に引きずられてしまう≪アンカリング≫



あるコトが、別のコトの後に起きたことを捉えて

前のコトが原因となって後のコトが起きたと判断する

≪因果の誤謬(ごびゅう)≫




それから、その人の置かれている環境を無視し

性格や気質に全てを還元してしまう≪根本的な帰属の誤り≫


例えば、アルバイトの女の子に対し

「あの子は遅刻したことがないから

部屋もきちんと片付いているはずだ」と決めつけてしまうバイアス




また、判で押したように同じ考えやものの見方が

多くの人に浸透している状態を≪ステレオタイプ≫と言います


〔ステロ版(鉛版)印刷術が語源

発想や行動が型にはまっていることで、紋切(もんき)り型ともいう〕



≪ステレオタイプ≫の例としては


漫画の悪役の身体的特徴


血液型による性格

〔A型は几帳面、B型はマイペース、O型は面倒見が良く

AB型は変わり者で天才肌など。 血液型占いは日本だけのもので

科学的に立証された例は無い〕


男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである


九州の人はお酒に強い


などがそうだといいます




「そうあって欲しい」とか

「そうだったらいいな」といった≪希望的観測≫


≪希望的観測≫というのは「信念」の一形態であって

論理や合理性にもとづかない判断とされています




過去の出来事を全て、予測可能であったかのように

見て後悔する≪あと知恵バイアス≫


などがあります




ちなみに、人は「あのときあ-すればよかった」とか

「あーすれば今幸せのはずだ」

と後悔しますが


“逃がした魚は大きい”

ということわざがあるように


失ったものが

実際には小さな価値でしかなかったのに


大きな価値であったと空想してしまう

というのが人の性(さが)です



また、「後悔は馬鹿が出す智慧である」

と言った人がいます


後悔にもとづいて空想する今の自分は

必ずハッピーエンド、成功している自分です


しかし、過去に戻ることなど不可能ですし

過去の時点で、未来(今)は予測できないのだから

後悔しても意味がないのです



とはいえ、後悔とは

ネガティブなエネルギーですが

強い執着心なので


後悔を打ち消すために、がんばるとか

なにをと思って努力できるとか

いったように


仏教的に言えば、煩悩即菩提で

発展的なエネルギーに変換していける

とも言えるでしょう





≪自分の経験や知識でものごとを見てしまうパラダイム≫も

≪社会の常識・しきたり・しがらみでものごとを見てしまうパラダイム≫も

こうした人間が潜在的に具えている様々な

「バイアス」の上につくられていくようです





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