緋山「B級哲学仙境録」 仏教編 釈迦の思想と仏教まるわかり 空観について



B級哲学仙境論


仏 教 編


 




空 観





空 観



仏教とは、本来 釈迦が

バラモン教のアートマン

(固定的・不変的な自己の本質。霊魂や我と訳す)

を否定して誕生した宗教です



ところが小乗教では「諸法無我」

〔諸法には我(アートマン)という固定的・不変的実体はない〕

とともに

「我空法有」(がくうほうう)が説かれました





●  我空法有


衆生は五陰が仮に和合した存在で空であり「我」は存在しない

ゆえに自己の本性・固有の本質である「自性」と

おのおのの特徴である「自相」(相とは姿の意)は空である


但し、自性と自相を保持するもの

衆生を構成する

「法体」(ほったい・諸法の本体。諸法の構成要素や五陰のこと)は


三世(さんぜ・過去・現在・未来)にわたって実在する=

「法体実有(じつう)・三世恒有(ごうう)」という考え





●  五陰 (ごおん)


五蘊(ごうん)ともいう


生命を構成する五つの要素で

色は生命の物質的側面


他は精神作用で


受〔眼、耳、鼻、舌、身、意(心のこと)の六根を

通し外界を受け入れる作用〕


想〔受で受け入れたものを知覚し、想いうかべる作用〕


行〔想にもとづき何かを行おうとする衝動的欲求〕


識〔受から行までを統括する精神の根本〕


仏教では、衆生=生命 とは

五陰が仮に和合したもの(五陰仮和合)と定義される


仮というのは、全てが「空」(一瞬一瞬変化している)ゆえ

一瞬一瞬、仮に和合しているということ





「我空法有」の説は、インド仏教で最大の教派であった

小乗部派(上座部系)の1つ

説一切有部(せついっさいうぶ)によって立てられました

説一切有部の名もこの説からきています




また、説一切有部から分出した犢子部(とくしぶ)は

「我」(アートマン)は

五陰(五蘊)と即する(一体となる)のではなく

離れるのでもなく


我が、輪廻、解脱の主体であるという


「非即非離蘊の我」を唱えたとされ

これは、仏教中の有我説として非難を受けたそうです






このような

説一切有部や犢子部の実在論への批判から


大乗教では、我空法有に対して

「人法二空」

〔にんぽうにくう・認識する主体である人も

認識される諸法(現象世界)もともに空

構成要素も実体視しない〕や

「一切皆空」(いっさいかいくう)が説かれ、空の理論が発展していきます






●  一味蘊


上座部系の 経量部(きょうりょうぶ)では

輪廻する主体に

一味蘊〔いちみうん・蘊とは積み集められたものの意。根本蘊〕

を立てています


一味蘊とは、無限の過去より同一の本質を持ち

働き続けている微細な意識(無意識)で

五蘊(五陰)から「色」(色蘊・根辺蘊・枝末蘊)を除いた

精神的要素からなるそうです


無限の過去から途絶えることなく

1つの本質として働き続けるから一味蘊というそうです




経量部は、さらに、≪善業や悪業をなしても

その行為をなした衆生の法体は瞬間的に消える

けれども、種子の形で次の瞬間現れる法体に宿り

次々に受け渡され、次々に伝わり、未来のあるとき

果報となってあらわれる≫という

「種子」という概念をつくっています




経量部では

説一切有部の「法体実有(じつう)・三世恒有(ごうう)」を批判し

法体は現在の一瞬だけ実在し(現在実有)

過去・未来には存在しない〔過未無体(かみむたい)〕

と説いたとされます



ただこの説では、過去の行為が未来の結果をもたらすという

仏教の基本の因果応報説が説明できなません

そこで種子という概念をつくったわけです



この経量部の一味蘊と種子が

大乗唯識派の阿頼耶識説の先駆と考えられています





また、上座部系の 化地部(けじぶ)

では「蘊」を


一刹那(一瞬)ごとに生滅する一念蘊

生から死ぬまで存続する一期生蘊(いちごしょううん)

輪廻する主体となる窮生死蘊(ぐうしょうじうん)の3つに分け


窮生死蘊は、煩悩を断じ、解脱するまで続くとしたといいます







大乗仏教において

釈迦の次に重要な人物とされる


竜樹(りゅうじゅ・150~250頃)の「空観」は


【 一切の事物は、「空」であり

他との関係性によって生起し(縁起)


果(結果)に、また新たな因(直接的な因)と

縁(因を助けて果を生じさせる間接的な因)が加われば

たちまち変化する(空)


ゆえに「空」と「縁起」は表裏一体である



しかし人は、空であり縁起であって実体のないものを

固定的に見ては執着したり嫌悪したりする


空を知り、このような執着や偏見を離れて

ものごとを明らかに見て行動してゆくこと

これが「中道」である 】


というものです


つまり、空=縁起=中道 ということです







なお、釈迦の「中道」とは

苦行主義にも快楽主義にも偏らない道をいいます


苦行であれ快楽であれ極端に偏るということは

執着することに他ならない


それゆえに苦を生む

中道こそが悟りに至る道であるということです



修行に行き詰まった弟子のソーナに対して

「琴の弦(げん)は、張りすぎても緩めすぎてもよい音色はでない」

と修行のやりすぎを戒めた「弾琴のたとえ」は有名です






話を戻します


また、竜樹の空観は、全ては空であり

因と縁の和合によって仮に生起したものであり

実体がなく、自性(固有の本質)を持たない

無自性である

というものです



これは、日本の仏教のほとんどが

固有の本質として

仏性=如来蔵(にょらいぞう・如来とは仏の異名で

如来蔵とは衆生に如来の性質が内在している意)

を認めるのに対して


如来蔵を認めず

如来蔵は衆生を修行に導く方便である

としているのです




チベット仏教では、この空観を継承しています


チベット仏教を簡単にいうと

密教と竜樹空間が融合させたものです





竜樹はさらに

実体がなく無自性ゆえ、生死もなく不生不滅である

全て関係性によって成り立ち、自と他は同一ではないが

異ならず不一不異であると説いています



なお、竜樹は無自性という立場から

仏性の存在を否定していますが


仏とは、色(生命の物質的側面)と心(生命の精神的側面)

つまり生命全体にあらわれるもの

つまり「境涯」のことだと考えたようです





●  竜樹… 150~250年頃


インド大乗仏教2大教派の1つである

中観派(ちゅうがんは・空の哲学の形成に努めた教派)の祖


大乗仏教では釈迦に次ぐ重要な人物で

八宗(平安時代までの日本の全ての仏教宗派)の祖と呼ばれ

日本の諸宗は全て竜樹の影響を受けている


大智度論(百巻)は

大品般若経(だいぼんはんにゃきょう)の注釈書


空の思想の他、菩薩思想や六波羅蜜の修行を詳しくあかし

小乗教および外道を破折

大乗思想の基礎を確立した書


初期仏典および小乗部派の論書から

大乗仏典に至る100余の仏典からの引用により

般若の空観などを説明する


また仏教以外のインド諸思想、伝承、仏教文学、戒律

暦法、算術などにもふれている







般若波羅蜜



大乗の般若系の経典では

声聞は「四諦」の理により


縁覚は「十二因縁」を観じることにより


菩薩は「六波羅蜜」(ろくはらみつ)により

それぞれ悟りを得るとされています



般若経は、声聞、縁覚、菩薩

それぞれが悟りを得る道を説くので、三乗教なのです



六波羅蜜とは?


般若経系経典で集大成された菩薩の6つの修行です


① 布施波羅蜜〔貧窮者などに衣食など財物を与える財施

他者に教えを説く法施、怖れを取り除く無畏施(むいせ)など〕


② 持戒波羅蜜(戒律を守る)


③ 忍辱波羅蜜(にんにく・苦難に耐える)


④ 精進波羅蜜(しょうじん・仏道に励む)


⑤ 禅定波羅蜜(心の安定、精神統一)


⑥ 智慧波羅蜜(真理をみきわめ悟りを完成させる)


の各波羅蜜です



智慧波羅蜜を、般若波羅蜜といいます


般若は、サンスクリット語のプラジュニャー

あるいは、パーリ語のパンニャーの音写訳で「智慧」のこと


般若波羅蜜とは、最高の智慧を完成させる修行

また智慧を完成させた境地をもいいます




般若系経典では

この般若波羅蜜が修行の究極の目的であり


仏の悟りの境地であり

釈迦の説いた涅槃(ねはん)にあたります


なので他の五つの波羅蜜は

般若波羅蜜を得るための準備段階とされています



ちなみに「智慧」は、本質を理解する心の働きが「慧」

外に向かって働くのが「智」と区別されることもあます



波羅蜜は、パーラミターの音写訳で

パーラミターは「到彼岸」(とうひがん)や

「度」〔ど。渡るの意。滅度ともいう〕

と意訳されます



「彼岸」(ひがん・向こう岸の意)は

生死や煩悩の激流うずまく世界である此岸(しがん)から

それを渡った向こう岸、つまり輪廻を超えた涅槃の境地です



浄土教では、西方(さいほう)極楽浄土を彼岸とし

念仏を唱えることによって

死後、彼岸に往生することににっています








釈迦の八正道と 四諦



釈迦の説いた8つの実践が

有名な「八正道」(はっしょうどう)です


正見〔正しい見解〕

正思〔しょうし・正しい思惟(しゆい)。正しい意思や決意を持つこと〕

正語〔正しい言葉。うそ偽り、そしり、荒々しい言葉を用いない〕

正業〔しょうごう・正しい行為。殺生、盗み、不倫などをしない〕

正命〔しょうみょう・正しい生活。衣食住をむさぼらない〕

正精進〔しょうしょうじん・正しい努力〕

正念〔正しい思念。一瞬一刻たえず心がけて考える〕

正定〔しょうじょう・正しい瞑想。精神統一。心身の安定をはかること〕



この八正道は、「四諦」〔したい・諦は真理の意〕の

道諦(どうたい)の内容となっています





四諦とは、苦諦・集諦(じったい)・滅諦・道諦

の4つの基本的な真理で


八正道と同様 釈迦が初転法輪(最初の説法)で説いたとされます



① 苦諦… 迷いのこの世界は全てが苦であること

四苦八苦はその代表


② 集諦… 苦を集めて生起させる因は

煩悩〔渇愛(強い執着、欲望)や

妄執(迷いによって起こる誤った執着)〕であること


③ 滅諦… 煩悩を滅することが悟りの境地であること


④ 道諦… 煩悩の止滅には八正道を修行しなければならないこと





●  四苦八苦


「生」「老」「病」「死」の四苦に


さらに


「怨憎会苦」

〔おんぞうえく・怨み憎んでいる者と会わなければならない苦〕


「愛別離苦」

〔あいへつりく・愛する者と別れなければならない苦〕


「求不得苦」

〔ぐふとくく・求めても得られない苦〕


「五盛陰苦」

〔ごじょうおんく・迷いの凡夫は

五陰(ごおん・生命を構成する五つの要素)に盛んに苦を受けて

一切が苦しみであること

すなわち人間は苦を受ける要素をあつめて存在しているという苦〕


を加えて、四苦八苦といい

仏教では、これを人間界の全ての苦しみとする




「愛別離苦」は

生者必衰(しょうじゃひっすい・

この世に生を受けた者は必ず滅び死んでゆ

平家物語では盛者必衰となった)

会者定離(えしゃじょうり・出会った者とは必ず別離がある)

と説かれます







釈迦の十二因縁



「十二因縁」(十二縁起・十二支縁起)は


原始仏典の一つ ウダーナ・ヴァルガ

〔感興偈(かんきょうげ)

釈迦が他からの問いを受けず自らの興味により説いた詩〕

にみられる法門です



空という真理に

無知なこと(無明)から

形成作用(行)が生じ


形成作用により識別作用(識)が生じ

識別作用により名称と形(名色・みょうしき)があり


名称と形により

6つの感覚器官(六入・ろくにゅう。眼・耳・鼻・舌・身・意)があり

6つの感覚器官により対象との接触(触)があり


対象との接触によって感受作用(受)が働き

感受作用によって欲求(愛。愛欲や渇愛)が生じ


欲求によって執着(取・しゅ)が生じ

執着によって生存(有・う)があり


生存によって出生(生・しょう)があり

出生によって老いと死(老死)がある



無明を止滅すると行が止滅し  行が止滅すると識が止滅し

識が止滅すると名色は止滅し  名色が止滅すると六入が止滅し


六入が止滅すると触が止滅し  触が止滅すると受が止滅し


受が止滅すると愛も止滅し  愛が止滅すると取が止滅し

取が止滅すると有も止滅し  有が止滅すると生が止滅し


生が止滅すると老死も止滅し  憂、悲、苦、愁、悩も止滅する




十二因縁は

全てが他との関係性から生じているという「縁起説」

また全てを実体がないとみる「空」


さらに全ての事物、現象が「因果」で成り立っている

ことを示しています




インド仏教最大の教派であった

小乗部派の説一切有部(せついっさいうぶ)では

この原始仏教より語られてきた「十二因縁」をもとに

「業感縁起」(ごうかんえんぎ)を立てています



業感縁起とは、要するに、十二因縁そのものなのですが

人間の存在を惑(煩悩)→業(行為)→苦の連鎖とみたもので


衆生は惑に基づく業をなし

生死流転(輪廻)を繰り返えす

という苦がもたらされるというものです








空仮中の三諦



釈迦の立場、つまり「空」という立場では

赤ん坊のときのあなたと

今のあなたが別の存在ということになってしまいます


もっと言えば、今のあなたと

次の瞬間のあなたとは別の存在ということになります



ところが、赤ん坊のときのあなたと

現在のあなたは、あなたとしてちゃんと一貫している


これについて釈迦の立場では説明がつきません




仮に3年で、私たちの身体の全ての細胞が入れ替わるとしましょう


しかし「3年経って細胞が入れ替わったんだから

今の自分は以前の自分とは違う

だから、以前の自分がした借金は払わなくてもよいはずだ」

なんて話は通用しないですよね(笑)



これに説明をつけたのが「阿頼耶識説」と言えます





仏教史上最大の天才と言われる

天台大師 智顗(ちぎ・538~598)は

「空仮中の三諦」〔くうけちゅうのさんたい・諦とは真理の意〕

という法門を説いています


一念三千とともに、天台教学の究極とされます

真理を3つの方面から明らかにしたものです




●  「諦」(たい)とは真理の意味で

「諦観」とは、本来、仏教で

ものごとの本質をあきらかに見きわめることをいう


のちに欲望を空しいものと悟ること

さらにあきらめることの意味になっている






「空仮中の三諦」の


空諦は

全ては、不変的、固定的な実体を持たず

一瞬一瞬変化してやまないという真理です


般若心経でいう「色即是空」(しきそくぜくう)ですね




仮諦(けたい)とは

空諦と表裏一体の真理で、全てが空ゆえに

全ては因と縁によって

一瞬一瞬 仮に和合しているという真理です


般若心経でいう「空即是色」です




そして、中諦とは

例えば、ここにある石は、空でもあり仮でもあるが

この石はこの石以外には存在せず

≪この石≫というありのままの実在である

という真理だといいます


空と仮に偏らずに

空と仮を超越した≪ありのままの実在≫という真理だとされます






現在の一瞬は、過去の因(原因)による果(結果)であり

未来の果への因でもあります


今の一瞬一瞬の生命は、過去の因と未来の果をはらんでいます


そして過去から未来まで真実の存在として一貫しています


中諦とは、このような真理ではないかと思います




そして、あらゆるモノやコトには

空・仮・中の三諦が具わっていて

それぞれがとどこおりなく融和しているというのが

「円融(えんゆう)の三諦」であり



一念(一瞬一瞬の心)に三諦を観じることを

「一心三観」といって


円融の三諦を知り、一心三観に至ることが

天台宗では悟りの境地とされています





桜の花を見て

はかなきもの、散りゆくものと観じるのは空

その一瞬、一瞬の姿に、美を観じるのは仮(け)

その命としての尊さを観じるのは中 


それぞれの真理が一瞬の念(おも)いに

あらわれたなら一心三観を観じたことになる


といったところでしょうか・・・







なお、天台大師 智顗は

一切の迷いを、見思惑(けんしわく)・

塵沙惑(じんしゃわく)・無明惑(むみょうわく)の

「三惑」に立て分けています



① 見思惑(けんしわく)・・・・ 見惑と思惑


見惑は、我見や辺見(偏ったものの見方)などの偏った見解

知的な迷い


思惑は、物事を見て起こす貪(とん・むさぼり)、瞋(じん・怒り)

痴(ち・おろか)などの妄想

感情や意志の迷い




② 塵沙惑(じんしゃわく)

塵沙はほこりと砂のことで、無量無数の意


他者を救済するには

無数の法門を知らなければならないが、それができない迷い

学ぶべき対象に対して起こる無数の迷い




③ 無明惑(むみょうわく)

無明とは真理に暗いこと。無知であること





見思惑は、空を悟ることで断ずることができるとされます

なので二乗(声聞・縁覚)は、見思惑を断じた者です


なお見惑は、空を悟ることでいっぺんに断ぜられますが

思惑は、修行を繰り返すことで

徐々に断ぜられるとされ、修惑(しゅうわく)ともいいます



見惑を断って賢者となり

思惑を断って、声聞(仏弟子)の

最高位の阿羅漢(あらかん・小乗教の聖者)に至るとされています





現代的に譬えて説明しましょう


悩みは各人によって違います


その衆生を教化し救済するには

一般知識や教養を含めた

たくさんの世の中の「法」を知らなければならなりません


方便を用いて仏道に縁させるには

人情にも通じている必要があります



しかし、欲望とストレスの世俗社会を嫌って

静寂な境地を求めた聖者にはそれができない


一度、娑婆世界(世俗)を離れてしまったたら戻ることができない



これに対して菩薩は、この娑婆世界にとどまって

たくさんの世間の「法」を学び

一人一人の悩みや苦しみと向きあい、解決しいくなかで


智慧を深め、慈悲を高めて、仏の境涯を目指していく


といったような話になるかと思います


なので菩薩とは、塵沙惑を断じた者ということになります






無明には段階があるとされます


天台は

別教(声聞と縁覚を除き

菩薩だけを対象に説かれた教え)に12品


円教(一切衆生を成仏させるための完全な教え)に42品の

断ずるべき無明を立てています



例えば、父親としての自覚に暗ければ、家族を苦しめます


社会人という自覚に暗く、仕事の知識に暗ければ

会社や社会に貢献できません


さらに個人は、日本人でもあり、人間でもあります


それぞれの段階によって

必要な自覚があるわけです




そしてあらゆる煩悩の根本とされる無明

円教の最後42番目の無明が

「元品(がんぽん)の無明」と言われています


元品の無明とは

自らが仏の当体(とうたい・そのもの)である

という自覚に暗いということです



無明が自らの生命に暗いことだとすると

それは他者の生命にも暗いことになります


全ての衆生に仏性が具していることを知らない

ということです



そのため低い教えにとらわれ

仏の境地に至れないのが無明惑だそうです


だから元品の無明を断って仏に至るとされているのです





菩薩は、塵沙惑、無明惑を次第に断じてゆくそうです


塵沙惑は、仮(け・全てが空ゆえ、全ては一瞬一瞬、因と縁により

仮に和合しているという真理)を悟ることで断ずることができるといいます



無明惑は、中(全ては、空でもあり仮でもあるが

両者を超越したありのままの実在であるという真理)を悟ることで

断ずることができるとされます




なぜ仮を悟ることで

塵沙惑を断つことができるのできるのでしょう?


空が存在を否定するのに対して

仮は、仮の存在とはいえ、存在を認めています


そこに自己の執着を断つ空と

衆生(存在)救済への執着心、慈悲心を起こす仮との

違いがあると言えるんじゃないでしょうか



存在は執着や愛着を生みます

しかし存在を認めなければ愛や慈悲もあり得ない


存在を認めてはじめて

衆生救済への道もあらわれてくるということだと思います







なぜ、元品の無明を断つことで

仏の境涯を得ることができるのでしょうか?


自分に、仏性という尊極の命が内在していることを知ることは

同時に、他者の仏性の存在をもつことを悟ることになります


そしてこの事実を知らせて

≪迷いにある人≫を救済したいという≪慈悲≫の心がおきる


ゆえに、自分に仏性があることを確信した者は、すでに仏である

という理屈だと思われます








成住壊空



仏教の宇宙観に「成住壊空」(じょうじゅうえくう)の

「四劫」(しこう)というのがあります


長阿含経(パーリ語経典のディーガ・ニカーヤの漢訳)等

にみられるといいます



世界が、成立し(成劫)、存続し(住劫)

壊滅し(壊劫)、空の状態になる(空劫)

ことを繰り返すという考えです



ここでいう「空」とは、「無」(なにもない)ではなく

エネルギーのような状態といっていいと思います



そしてこの成から空までの期間を「一大劫」(四劫)といいます




また、世界(宇宙)だけではなく

全ての存在が、成住壊空を繰り返すと考えます



青葉も、秋には色づき、やがて落ちて土となる

山は噴火によって形を崩し、また新たな山を隆起させる


星が爆発して消滅すると

その塵やガスを集めてまた新たな星が誕生する


このように期間の長短は様々ではありますが

全て循環するというのが成住壊空なのです





話を戻します


成劫、住劫、壊劫、空劫それぞれを「中劫」といい

4つの劫をまとめて「一大劫」(四劫)といいます


4つ中劫はさらに20に細分され、これを「小劫」といいます




中劫のうちの住劫にのみ人間は存在するとされます


住劫の20の小劫の

第1劫は、人寿無量歳から100年ごとに

1歳減じて人寿10歳に至るまでの期間です

「一減」の期間です



第2から第19劫までは

各劫すべて

人寿10歳から100年ごとに1歳増して

人寿8万歳に至るまでの期間(増劫)と


人寿8万歳から100年ごとに1歳減じて

人寿10歳に至るまでの期間(減劫)をもち

「一増一減」の期間です



第20劫は、人寿10歳から100年ごとに

1歳増して人寿無量歳に至るまでの期間です

「一増」の期間です




第1劫と第20劫の期間は、それぞれ一減と一増ですが

時間の長さは、第2~第19劫までの一増一減と同じだといいます




なお、世親の倶舎論(くしゃろん)や竜樹の大智度論では

住劫の第1から第20までの全ての期間が

一増一減であるとされているようです




また、20の劫の各減劫の終わりに

小の三災(刀兵・疫病・飢饉)が起こり


壊劫の最後の増減劫には

大の三災(火災・風災・水災)が起こって世界が壊滅するとあるそうです





また、大乗仏教においては

現在の一大劫を賢劫(けんごう)

過去の一大劫を荘厳劫(しょうごんこう)

未来の一大劫を星宿劫(せいしゅくこう)とする考えが生じています



賢劫には千仏など多くの賢聖が出現するという

「賢劫の千仏」という思想が生じています




●  賢劫の千仏


拘留孫仏(くるそんぶつ)から楼至仏(ろうしぶつ)までの千仏

このうち釈迦は四番目


弥勒菩薩〔弥勒下生経では

釈迦滅後56億7千万年に兜率(とそつ)天より降臨し

悟りを開き仏になるとされる未来仏〕は5番目





過去の荘厳劫、星宿劫にもそれぞれ千仏

〔厳劫には華光仏から毘舎浮仏までの千仏

星宿劫には日光仏から須弥相仏までの千仏〕

が出現した(また出現する)

とされるようになり

過去、現在、未来の三千仏という考えも出ています



これらの仏により「荘厳された」

また仏が「天空の星が宿るように多い」

という意味から、荘厳劫や星宿劫の名があるわけです





ちなみに「劫」とは"未来永劫"の「劫」のことです

はかりしれない長大な期間です


四千里四方〔一由旬(ゆじゅん)四方とも〕の石山を

100年ごとに柔らかい衣(天衣)でふいて

石山が磨耗し尽くしても劫は尽きないとか


【 由旬は、帝王の行軍の一日の距離とか

牛に車をひかせた一日の距離という。約7キロとも 】



四千里四方の大城(一由旬の高さの鉄城とも)を

ケシの実でみたし

100年に一度、一粒ずつ取って

全てを取り尽くしても劫は尽きないとか



ガンジス河の40里を砂で埋め尽くし

100年に一度、一粒ずつ取って

これを取り尽くしたときを一劫というとか



大千世界〔銀河系規模の宇宙にあたる小世界が

100億個(千個の説も)集まった小千世界が、千個集まったもの〕

を砕いて微塵とし

100年に一度、一塵をずつ取って

これを取り尽くしたときを一劫とするとか



大千世界の草木全てを一寸に切って

かずとり(数を数えるときに使う棒)にし

100年ごとに1つ取って、これを取り尽くしたときを一劫とする


などといいます








奈良時代の仏教



奈良時代までに

日本に伝わった仏教の宗派をまとめて

「南都六宗」(南都は奈良の意味)といいます


法相(ほっそう)・華厳・三論(さんろん)・

成実(じょうじつ)・倶舎(くしゃ)・律 です



このうち、栄えたのは

法相宗と、華厳宗(総本山は東大寺)で

とりわけ法相宗が栄えました




成実、倶舎、律 は小乗教です


小乗教は、比丘の250戒、比丘尼の350戒などという

厳しい戒律を守り、自己の完成を目指す仏教です



成実は、三論とともに伝わり


小乗としては

最も進んだ「人法二空」(認識する主体である人も諸法も空)

を説いたそうですが


一宗を形成するに至らず

三論とともに兼学されたにすぎなかったといいます




倶舎(くしゃ)は

インド大乗仏教二大教派の唯識派の

世親(せしん)の倶舎論(小乗教の教義を集大成した書・30巻)

を依りどころとする宗派で


日本法相宗の祖 道昭が伝えましたが

これも諸宗の間で兼学されたにすぎなかったといいます


ただ大乗の入門として兼学は盛んだったといいます



奈良時代の仏教は、六宗兼学だったといいます






律宗は、戒律を修行する宗派で

日本には、中国の南山律宗の僧

鑑真(がんじん・688~763)によって伝えられています


鑑真は、日本からの依頼をうけ

国禁を犯しても日本に渡ることを決意し


5度の失敗のうえ

マラリアによって両眼を失明しながらも、志を忘れず


66歳のとき6度目の航海で薩摩に着き(753年の12月)

翌年、入京したといいます




日本では奈良時代に入って僧尼が増大していましたが

中国の授戒制度にのっとった

すぐれた僧尼の輩出が望まれていたそうです


そこで、中国から戒師をむかえようと

日本の僧が派遣されたそうです


その要請に鑑真は応えわけです



鑑真は、東大寺に戒壇(戒律を授ける場所)をもうけ

聖武天皇・光明皇后以下、諸僧に授戒しています

これが日本初の正式な授戒とされます



仏教では、出家、在家にかかわらず

入信する者は、誓いを立て

出家、在家それぞれ一定の戒律を受けます


これを授ける側から授戒、受ける側から受戒といいます




鑑真は、756年に大和上(だいわじょう・大和尚)の号をうけ

59年には天皇より土地を賜り

根本道場として唐招提寺(現在も律宗の総本山)を建てています






三論宗は

インド大乗仏教二大教派の

中観派(ちゅうがん)の祖 竜樹(150~250頃)の

「空観」を教える宗派です


竜樹とともに、中観派の祖とあおがれているのが

竜樹の弟子 聖提婆(しょうだいば・170~270頃)です


三論宗は、竜樹の「中論」と「十二門論」、聖提婆の「百論」

(この3つは般若経の空を論じたもの) を依りどころにします



南都六宗派のうち最初に伝えられた学派で

奈良時代には盛んだったようですが

平安時代には衰退し、三論のみを学ぶ者はいなくなり

現在は華厳宗総本山の東大寺にのみに伝わるといいます







平安時代には、最澄と空海によって

それぞ天台宗と真言宗が開かれ

奈良仏教は、衰退していきました


平安二宗は、比叡山(北嶺)と高野山(南山)を拠点とし

これによって、日本の仏教は、山岳仏教へと移行します



「南都六宗」」に、天台と真言の「平安二宗」を加えて

「八宗」(はっしゅう)といい


我々になじみの深い「鎌倉仏教」以前の

日本の全ての仏教を意味する言葉になっています





菩薩と声聞の段階




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