緋山「B哲仙境録」新興宗教とオウム ④ 統一教会・大本教、創価学会の一人勝ち



B級哲学仙境論


新興宗教とオウム


 




新興宗教とオウム ④




キリスト教系 (統一教会)



仮に、人間の運命を支配する「神」という存在しているとしたら

社会の秩序を維持するために


何万人、何百万人、何千万人に1人

言葉をあやつれる人を創造しているかもしれないですよね



そうした言葉の力を本人がどのように使うのか

全てはそこに行きつくのだと感じます




≪結婚≫という言葉のもつ世界を

たくみに利用したのが、統一教会です



正式名は、世界キリスト教統一神霊協会で

教祖は韓国人の文鮮明(1920~)という人です



彼は神から啓示をうけ

旧約・新約聖書の真の意味と人間の歴史を悟ったといいます



この教団では

文鮮明が聖書を独自に解釈した「原理講論」を教典としますが


その悟りとは

神すなわち宇宙の根本原理は一つであるという統一原理


この原理のもと全宗教を統一し、平和(統一)世界を建設すること


歴史とは、初めに神によって計画された状態に戻す戦いである

といったものです



さらに

≪ イブ(エバ)は、アダムと結婚する以前

ルチフェル〔最高位の天使で全天使の首領だったが

神の試練に耐えきれず神に敵対

下界に落とされ悪魔となった堕天使。悪魔の代表〕

と霊的な性的関係を結んでいた

これが人類の堕落の根本因である


イエスは人類を精神的には救済したが

結婚するはずが死によってできなかった


このため人類は肉体的にはまだ救済できていない


今、救世主が降臨するときである ≫


と主張し、のちに自らが救世主だと宣言しています





有名な≪合同結婚式≫というのは

人類を肉体的に救済し平和を実現する

という"国際合同祝福結婚式"のことで


これは文鮮明とその妻を人類の父母、真の家庭の原型とし

文夫妻が結婚相手同士を組み合せて、集団で式を挙げさせるものです



合同結婚式は、白いウエディングドレスを着た女性と

黒いスーツを着た男性が何万人も一堂に会して行なわれるのですが


見ず知らずの異性と結婚するわけですから

家族と断絶するなど、トラブルのも少なくないそうです



1992年の合同結婚式では

歌手の桜田淳子さん(会社役員と結婚)や


新体操のロサンゼルス五輪代表の

山崎浩子さん(翌年教団を脱会し、結婚も解消)

が参加したためマスコミの報道合戦が過熱しました



参加者の総数はよく分っていないようですが

日本人の参加は、95年には2万4千人

2000年には9500人いたそうで

今も合同結婚式は毎年のように開催されているらしいです



日本人女性の結婚相手は、韓国人男性である場合が圧倒的に多いそうです


深刻な嫁不足に悩んでいる韓国の農村部の男性に

「信者になれば結婚できる」と言って入会させ


その対策として

在韓日本人信者〔合同結婚式に参加した日本人妻〕を

"天の精鋭部隊"と称して日本に送り込み

一般女性を勧誘し、合同結婚式に参加させているといいます



韓国に嫁いだ日本人女性信者は

多くが貧しい環境のなか

差別もあり、厳しい生活を送っているようです



苦しい生活が罪の清算だとか

離婚や脱会は罪を増やすと教えられていて


また、脱会したとしても

もとの家族との縁を切って合同結婚式に参加する人が多く

日本に帰る場所がない人もいるそうです




それから、不安をあおり高額な商品を売る霊感商法も知られていて

日本の霊感商法被害の8割9割は、統一教会によるものとされています







単なる詐欺 (法の華)



この他、単なる詐欺というのもありました


巨額詐欺事件(1000億以上の金を集めたとされる)

をおこした「法の華三法行」がその代表です



教祖 福永法源は、天声にしたがって

三法行(般若天行を唱える法唱、般若天行を写経する法筆、法座)

を修すれば

天行力によって救済されると説き、人類救済を唱えたのです



天行力とは、福永の超能力のことで

宇宙のエネルギーでもあるといい

これをあびると、体内の悪い霊が浄化されるとしていました



また「現在この瞬間が最高と思えない者に幸せは来ない」とし

福永が「みんさん最高ですか~」と問い

信徒が「最高です」と答えることも話題となりました





この教団は「天の気は頭から入って足から抜ける」などとし

足の裏をみて運勢、健康、先祖を占う足裏診断というのを行いました



足裏診断は、福永および足裏診断士によって暗室でなされ

足裏診断士による診断はマニュアル化されていて


「汚い足の裏ですね」「かなり血液を汚してきましたね」などといい

「このままでは癌になる」「ノイローゼになる」「2ヶ月後に倒産する」

「このままでは命を取られる」などと不安がらせるものだったそうです



そして、解決するには

「頭を取るしかない」

「頭を取るには研修に参加する必要がある」といって

超人間完成修業をうたう研修に参加させ

研修費の名目で多額の金銭をだまし取ったわけです



頭の取れた状態とは、理性による判断を捨て去り

生命への畏敬と喜びに充ちた状態だといいます


研修費は、4泊5日で原則225万円

125万や100万に減額される場合もあったようです



ほとんど睡眠をとらせず

七観行といい「健康あふれた楽しい生活です」などの

七つの言葉を大声で繰り返し唱えさせたり


渋谷にバスでつれて行き、街頭で大声を出させたり

写経を通行人に配らせたりしたそうです


このようなことを参加者は

頭が取れたと判定されるまでさせられたようです



それに研修費は、ただちに支払わないと効果がない

サラ金から借りてでも支払わなければ救われない

と脅していたといいます




頭がとれて研修が終了すると

天行力が頭から足先まで通るようになったとして

福永より天声が出されるらしく


この天声とは

家の中心代として333万円の掛け軸を買わせたり


1000万円の福永の手形や

2000万円の釈迦の骨(実際にはサンゴ)が入った仏舍利塔

などをを買わせるためのものだったといいます


人間救済師の認定書は3000万かかったそうです



なお、研修に参加した者が、研修後に入信することもあったようですが

多くの場合は入信していないらしいです



さらに頭がとれたあとにも、人間完成のためには

解脱天主、人間社長などの修行が必要であるとし

その費用として500万、700百万、1000万を強要していたそうです





福永のだましの手口ってどのようにはじまるの?


自分の著書を書店の目立つ場所に山積みにし

人気出版物であるかのように感じさせる


また、電車の中吊り広告や街頭の看板で宣伝したり

駅周辺や病院周辺で無料で配ったり

新聞や週刊誌などにも広告を出して宣伝する



著書には

回答者の悩みなどがわかるアンケート葉書がついていて

これを出すと説明会への執拗な勧誘をうけ

説明会に行くと足裏診断を勧められる

といった仕組みになっていたようです



足裏診断を受ける者からは

事前に悩みをスタッフが聞き出し

診断士はそれを能力によって知り得たような振る舞いをしていたといいます



また、福永はイギリスのサッチャー元首相や

アメリカのクリントン大統領などの有名人とも対談していて

いかにも自分がすごい人物であるかを宣伝していったといいます



2000年に、詐欺の手口が明らかになり

福永らは詐欺罪に問われ、逮捕されてます


福永には2005年、東京地裁で懲役12年(求刑は13年)が言い渡され

東京高裁を経て、2008年、最高裁で刑が確定しています


おそろしく刑が軽いですよね





ただ、法の華は、ひどすぎですすが

よくよく考えると薄利多売的にやっている宗教こそ

≪真の詐欺集団≫とも言えるのかもしれませんよ


法の華のように多額の金銭をまき上げるようなやり方では

いずれ糾弾されます


これに対して創価学会のように

薄利多売的にしていれば


「祈ってもなにもいいコトがなかった!!」

「インチキだ!!」

と言ったところで


世間は「気休めにもなったんだし

まぁそれくらいのお金ならしょうがないんじゃないか」

という話で終わります


教祖、指導者は、いつまでも聖者のようにふるまい

≪よろしくやっていける≫わけです






オウムも

「ミラクルポンド」と称する 麻原の風呂の残り湯が1リットル10万円


麻原教祖の血液を飲むことで

霊的なエネルギーを注入する儀式 「血のイニシエーション」が100万円 

だったりと


法の華と同様、詐欺まがいの悪徳商法をした集団です


これは教祖 麻原の欲得においてなされたこと以外に

なにものでもありません







日本の新興宗教の源流



宗教というのが

どれも似たりよったりであるというのを

理解させていくには

その教義と歴史を書いておくのが一番です



そこで、霊友会と並ぶ日本の新興宗教の源流と言える

大本教(おおもときょう)のそれを記しておきましょう



大本教から、生長の家(1930年)

世界救世教(1935年。当時は、大日本観音会)をはじめ

璽宇(じう)、三五教、(財)日本心霊科学教会などが分立しています




霊友会系が、仏教系(日蓮系)であるのに対し

大本教系は、どちらかというと神様系と言えます



大本教は、理想の世であるみろくの世の到来を説き

病気治しによる布教を行った宗教です


今は見る影もないですけど、政府により教団施設を

ダイナマイトで爆破される弾圧を受けているので

当時は大変な教勢を誇ったことがうかがえます




大本教の歴史は、1892年(明治25)に

出口なおという京都府綾部の大工の未亡人より始まります


なおは、夫の放蕩で家財を失い、さらに二女が発狂しますが

これを金光教(こんこうきょう)の布教師の祈祷によって治され

金光教に入信します



極貧生活のなか、今度は長女が発狂しますが

まもなく艮(うしとら)の金神(こんじん)という神が

なおに神がかりして


なおは「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ」

と口走り

艮の金神による世直しを言い出したそうです



ちなみに、艮とは、陰陽道(おんみょうどう)で

鬼が出入りするという鬼門の方角、北東の方角です


なおによると

艮の金神はこの世をつくった祖神(おやがみ)で

悪神たちにより隠居させられていた


しかし時がきて自分(なお)の身体を借りて再び出現した

といいます



この思考は、天理教の親神(おやがみ・天理王命)

と酷似しています(笑)  というかまったく一緒です


この神様観が、当時の神様系新興宗教の一種の流行だったのでしょう




なおは、金光教の布教師として、金光教の軒を借りて布教し

後に金光教より独立したそうです




ちなみに、大本教の母体となった

金光教(こんこうきょう)は

赤沢文治〔1814~83(明治16)〕が教祖です


赤沢は、金神(こんじん)信仰の盛んな幕末期の岡山県の農民で

金神を天地金乃神(てんちかねのかみ)ととらえ正す悟りを得たとされます


天地金乃神は、もともと、天地の祖神(おやがみ)であり、愛の神で

日本さらには世界の総氏神であって

世界の救世神だと主張したといいます


以後、農業をやめ、没するまで、自宅を広前(ひろまえ・神の御前)とし

依頼者の願いを神に、神が人間にかけている願いを人に

それぞれ取り次ぐことをはじめ

やがて赤沢の教えを弘めようとする者が増えていったといいます


赤沢は自らを金光大神と称していたそうです



彼によると≪ 人はみな神の子で、神の子なのに苦しみ悩むのは

天地金乃神に非礼していたことの巡りあわせである

本来、いかなる場所、いかなる時、いかなる方位も

人間にとってよき所、よき日、よき方角であり

神が氏子を苦しめることはない ≫ そうです


そして方位、日柄、禁忌、まじないなどの迷信を排し

真心の信仰により神より助けを受けられると教えたとされます



金光教は、明治期に布教禁止や警察の監視下に置かれるなどした後

明治政府がつくった国家神道の体制のもと、教派神道の一派として公認され

朝鮮、中国、北米などにも布教したといいます





●  教派神道


教祖がいて

神社神道とは別の独自の教義を持ち、独自の教会を有する神道


国家の祭祀の神道とは違い宗教の神道


国家神道の時代、神道が宗教と分離されたとき

独自の教えを布教しようと独立した人たちに始まる


扶桑教(ふそうきょう・富士山信仰系)

御岳教(おんたけきょう・木曽の御岳山信仰系)などの山岳信仰系

天理教や金光(こんこう)教などの教祖系

禊(みそぎ)教などの禊系

神道修成派などの儒教系

神道大教などの復古神道系 に分けられる


14派あり、のちに1派解散して教派神道13派と称された







金神とはそもそもどんな神なの?


陰陽道(おんみょうどう)の方位の神です

忌避(きひ)しなければならないと恐れられる方角神です


五行説の火、水、土、木、金の五元素の一つ

金が神格化した中国起源の神だそうです



日本では遊行神となり

この神が遊行する方角に建築や移転や旅行をしたり

この方位から嫁をもらうと祟(たた)りが生じ

"金神七殺"といって必ず家族七人が殺され

家族が七人にみたないと、隣家にも祟りが及ぶとされたそうです



方位については書によって違いがあるようですが

甲己(きのえつちのと)の年は

午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)の方角に

金神がいるなどとされていたようです



平安時代には、貴族のあいだで

方違え〔かたたがえ・陰陽道の俗信で

外出するとき金神のいる方角をさけ

前夜、吉方の家に泊まり、方角を変えて行くこと〕が行われ


江戸時代には、修験者や祈祷師が金神の祟りを除く祈祷を行い

金神信仰は西日本を中心に庶民の間にも広がったといいます


家を建てるとき、金神のいる場所に呪符を埋めたり

稲荷などの社を建て金神を封じ込めることがなされたようです






話を、大本教に戻します


なおの五女すみと結婚した

出口王仁三郎(でぐちおにざぶろう)は

経典「霊界物語」をはじめ、教理関係の著作を多く残し

なおを開祖とするのに対して、聖師とされています



王仁三郎は、なおと知り合う以前から

霊能力による病気治しをしていたといいます



その後、大本教に入信

神の言葉を理論化する能力がなおに認められたこともあって

世継と定められ、すみと結婚したそうです



一時、従来の幹部との対立から大本教を離れますが

王仁三郎が教団に戻ったとき


大本教は、なおの「日本が日露戦争に敗北する」

という予言がはずれて

多くの信者が去って衰退していたらしいのです



王仁三郎は、病気治し、予言、集団的神がかり(鎮魂帰神)などによって

教団を立て直し、全国展開していったそうです


また、大正維新による神政を叫び

多くの知識人や軍人を入信させたといいます



それから、王仁三郎は

大正から昭和の始めにかけての

霊術(今で言う超能力)ブームの引き金となった

「太霊道」〔田中守平が創始した霊術団体

全てを成り立たせている宇宙の根本原理を太霊と主張

予知、透視、千里眼、テレパシー

読心術、降雨術などを10日のカリキュラムで修得できるとして

およそ3万人の会員を集めた〕

と激しく論争し

最後には霊能力対決までしたそうです




なおが没し、すみが2代目教主となり

その後、教団は亀岡城址を手に入れ

また大正日々新聞を買収、日刊新聞を発行し

教義を大々的に宣伝、全国的に急速に教勢を拡大しました



ところが1921年(大正10)、政府により弾圧うけ

王仁三郎をはじめ多くの幹部が新聞紙法違反と

不敬罪(皇室、皇陵、神宮に対する不敬行為に対する罪)で逮捕


神殿が壊され、なおの墓が天皇の陵(みささぎ)に類似している

として破壊されます


これが第一次弾圧です



この弾圧により改革を迫られます


そこで、なおの筆先(ふでさき・神の言葉を自動筆記した聖典)

にもとづく

世直し的な教義を観念化することで事実上放棄


鎮魂帰神の集団的神がかりも放棄し

人類愛善、万教同根の世界同胞主義的な宗教への転換を打ち出します



そして、道院や、イランのバハーイ教などと提携し

世界宗教連合会の設立運動を展開したり

人類愛善会を発足させ海外にも進出したといいます





【 道院は、道教系新興宗教で

創始者は、杜黙静で、杜は筆先(ふでさき)の啓示

つまり自動筆記によって、至聖先天老祖という神より

太乙(たいつ)北極真経という経典を授かったと主張


五教祖〔キリスト、釈迦、ムハンマド、老子、項先師(孔子の師)〕

さらには世界の聖人、賢人、仙人、仏をすべて神として祀り

キリスト教、仏教、イスラム教、道教、儒教の五教同源と説いたといいます


また、内修(静坐)と外修(慈善事業)の修行により

あらゆる災いを消滅できると唱えたといいます



道院に付属する慈善団体が「紅卍字会」(こうまんじかい)で

紅は赤誠(少しも嘘のない心。まごころ)


卍は仏の相を表す瑞祥で

太陽のように全てに恵みをもたらすことを意味するそうです


貧民救済、施薬、施療、学校教育などを行ったといいます



道院・紅卍字会は、中華人民共和国成立後

その他の新興宗教とともに禁止


日本の大本教と提携し

東京や神戸に拠点をもうけたこともあったそうですが

大本教(おおもときょう)禁止によって日本での活動も消滅したといいます





バハーイ教は

ハーブ教〔イスラム教を母体にしたメシア主義的宗教〕から分立した宗教で

ハーブ教の教祖 ハーブと、バハーイ教の教祖 アリーを

神の顕示者(イスラム教の預言者に相当)とします


バハーイの名称は、教祖 ミルザー・フサイン・アリーの

通称 バッハーアッラー(神の光輝の意)に由来するそうです



イスラム教ではムハンマドを最後の預言者とすることから

ハーバイ教は攻撃をうけ、2代目教祖は欧米に布教


それにともないイラン的宗教、イスラム的宗教から

全宗教の真理の統一と、人類の統合を強調する宗教へと変貌


インド、イラン、アメリカ、西ヨーロッパなどに

300万人の信徒を持つに至ったとされます  僧侶階級はないそうです




大本教、生長の家(万教帰一を説く)、道院、ハーバイ教

これらの宗教の特徴は、全ての宗教の根本は同じであり

世界は一つであるとし、人類愛を唱えるところにあります


当時、これが一種の流行だったことが分かります 】






なお、大本教は、エスペラント語を支持ました


エスペラント(希望する人の意)は

ポーランドの眼科医 ザメンホフが考案し、1887年に発表した国際語です


発表されたときのザメンホフの匿名

エスペラント博士が名称の由来といいます


ザメンホフはどの国民の言語でもない簡単な共通語をつくろうと

試行錯誤を重ねた結果、エスペラントを完成させたといいます



エスペラントは、簡単な文法規則と

1900ほどの基礎単語からなるそうで、造語法もあるといいます


母音5、子音23を使用し、発音は一音一字

つづりはローマ字を用いるとされます



世界エスペラント教会は、オランダのロッテルダムに本部があり

日本には1906年(明治39)に日本エスペラント教会が設立されています


英語やロシア語などの大民族の言語が国際語の名のもとに

他民族に押しつけられているを批判、言葉の平等を訴えています



スターリン時代のソ連、ナチス時代のドイツのような

全体主義体制下で弾圧を受けたそうです


また、エスペラント以後

エスペラントを改造したものや別の言語が100以上発表されたそうですが

結局、エスペラントに変わるものはなかったようです



エスペランチスト(エスペラント使用者)は

世界で約100万人、このうち熱心に活動する者は約10万人程度

というからたいした数ではないですが

エスペラントによるラジオ放送は世界で10局を超えるといいます





再び話をもどすと


大本教は、緊迫する世界情勢の中、再び世直しを唱えたといいます


そして、軍部や政府の一部から賛同を得

34年(昭和9)には政治団体 昭和神聖会を設立

農村救済と政治改革を唱えて活発な政治的活動を行ったそうです



しかし教義が天皇制と相容れないことから危険視され

翌年、不敬罪、治安維持法違反で多数の幹部が逮捕


綾部と亀岡にある本部施設のほとんどがダイナマイトで爆破されるという

弾圧を受けています


これが第二次弾圧です



王仁三郎は6年余の獄中生活を送ったようです

(一審は無期懲役。二審で懲役5年に減刑)



大本教は戦後、国家への賠償請求を放棄


綾部と亀岡の聖地が返還されましたが

当時の教勢はすっかり衰えてしまい

現在では、公称信徒数は20万にもみたい状態です




なお、表向きの教団名としては 金明霊学会、のち大日本修斎会

のち大本瑞祥会という名称を使っていたといいます


また、既成宗教の傘下であるという形式をとらねばならず

上部団体を稲荷講社、御嶽教、出雲大社と変えていったそうです


第一次弾圧以後、皇道大本となり

大戦後、愛善苑として再出発し、その後、大本と改称しています




大本教では、艮の金神をはじめとする様々な神を

記紀(古事記と日本書紀)神話の神と符合させていて


艮の金神は、国常立尊(くにのとこたちのみこと)

みろく神は、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)だとしているようです



また、出口なおに神がかった

厳霊(いずのみたま・艮の金神。国常立尊)は、宇宙の大本神の父神


王仁三郎に神がかった

瑞霊(みずのみたま)は、宇宙の大本神の母神で

神代(かみよ)には須佐之男命(すさのおのみこと)

として働いたなどとしているようです



また、大本教内で起ることが日本に起こり

日本に起こったことが世界に起こるので

近未来の予知が可能という教義を持つそうです







それと、大本教の分派に「璽宇」(じう)というのがあります


不滅の記録と言われる69連勝をなした

大横綱の双葉山〔1912~68・引退後は時津風部屋の親方として

横綱一人、大関三人を育てた。57年に理事長就任

璽宇への入信は引退した翌年の46年〕が

入信したことで世間を動揺させた教団です



また、双葉山とともに広告塔であったのが

昭和の棋聖と称される囲碁界の重鎮

呉清源(ごせいげん・中国出身)という人でした



この教団は、鉱山経営者で大本教系の

心霊研究グループ 菊花会のメンバーであった

峰村恭平が設立


峰村はのちに、病気や鉱山経営の悪化でカリスマ性を失い

東京大空襲で璽宇本部の峰村邸が焼失すると

別荘のある山中湖に疎開し、教団から身を引いたといいます



後継者となったのは

旧岡山藩主 池田詮政(のりまさ・侯爵。貴族院議員)の

ご落胤(らくいん)を称した 長岡ナカという岡山出身の女性です


旧姓は 大沢ナカ 結婚して長岡姓となったとされます


25歳で結婚

その3年後、高熱で仮死状態となったときに神がかったそうで

やがて夫に離婚をせまり、離婚後

加持祈祷をして信者を増やしていたといいます


峰村が璽宇を設立したさいこれに参加

カリスマ性を失いつつあった峰村に代わり信徒の信望を集めていったそうです



峰村引退後、昭和天皇の皇后〔旧名 良子(ながこ)女王〕にあやかり

長岡良子(ながこ)と改名します



良子は、1946年(昭和21)元旦に、天皇が人間宣言すると


天照大神〔あまてらすおおみかみ・太陽の女神で皇祖神

天皇即位後の大嘗祭(だいじょうさい)は秘儀だが

天皇霊を天照より授かるとされる〕が天皇の身体を去り


自分に移ったとし、自分が正統な皇位継承者であると主張します



璽光尊〔じこうそん・天璽照妙光良姫皇尊

(あまつしるすてるたえひかりながひめのすめらみこと)の略〕と名のり

自らを神聖天皇を称し、自分の住まいを璽宇皇居と称したそうです



また、教団内に璽宇内閣を組織し

昭和の元号を廃止して、霊寿へ改元したり

国旗や憲法を制定したり、さらに独自の紙幣まで発行したといいます


オウム真理教と似ていますね(笑)



教団は天変地異の予言を行って信徒を増やしていったそうです



46年の秋頃、璽宇皇居を石川県金沢市に移し

ここでも終末思想で信徒を増やしますが


GHQ(連合国軍総司令部)の命をうけた石川県警が

47年、統制物資である米を大量に所持していたとして璽宇皇居を急襲


信徒が抵抗したため

璽光尊や双葉山ら8名を公務執行妨害で逮捕しています


このときとりわけ大暴れしたのが双葉山だったそうです



璽光尊は、精神鑑定の結果、誇大妄想症と判定され

釈放されましたが、これをきっかけに信者は激減


双葉山も「夢からさめた」として脱会したそうです


呉清源はしばらく璽光尊のもとにいましたが、後に離れていったらしいです



教義としては、人間を

璽宇の世直しを助ける天責者(全世界で30人)

天責者を助ける地責者(全世界で3千人)

魔霊に惑わされやすい邪霊(一般の多くの人間)

諸悪の根源たる魔霊 の4種類に分類


魔霊は、全世界で3004匹いて

璽宇ではこのうち数匹を信徒として飼いならすことで

世の中に悪が流れるのを防いでいる

などといったものがあったようです







それから大本教系ではないですが

第二次大戦後、急激に教勢を拡大した宗教に

「天照皇大神宮教」(てんしょうこうたいじんぐうきょう)

というのがありました


通称 踊る宗教、踊る神様と呼ばれ

信徒は"無我の舞"というのを舞ったそうです



教祖は、北村サヨという女性で

彼女は山口県の農家の主婦であったそうですが


自宅の納屋が焼失したのをきっかけに

祈祷師の指導をうけ


神社めぐりをしたり、水行をしているうちに

天照皇大神〔皇大神という男神と

天照大神という女神が一体となった宇宙の絶対神〕が

宮(自分のの腹の中)に入り、神の国の建設に目覚めたといいます



また、宇宙の絶対神は、2千年に一度降臨し

一度目は釈迦に、二度目はキリストに、三度目は自分に降臨したと主張


自らを「大神様」(おおかみさま)と称したそうです

ちなみに2代目の孫娘は「姫神様」を称しています



惜しい、欲しい、憎い、かわいい、好いた、好かれたの6つが罪の根源で

この6つ心を捨て去ることが「六魂清浄」であるとし

魂をみがかない者を「蛆(うじ)の乞食(こじき)」と呼んだそうです



そして「名妙法連結経」(なみょうほうれんけっきょう)

と唱えて反省することが

六魂清浄の神行であると教え


この題目を唱えれば学ばなくても悟りに至れ

霊界との交信もできると教えたといいます



また、人生の目的は利己心をすて無我の境地に至ることとし

欲を捨てて無我の境地に達すれば、神と合一できるといって

無我の舞を舞わせたといいます



それから、天照皇大神以外の神仏を否定

既成宗教を金儲けと批判

墓や先祖供養も不要と主張したそうです







創価学会が
なぜ一人勝ちできたか?




これについては、他があまりにひどすぎるからとしか言いようがありませんね



まず、創価学会とは、教祖方式ではなく

初代会長の牧口さん、二代目会長の戸田さん

三代目会長の池田さんの間に、血縁関係はありません



他の宗教は、教祖が亡くなると、教祖の子供と、幹部の間に

次の教祖の座を巡る争いが生じるなどして、分裂していくのです(笑)



教祖方式ではないという意味は

会長と会員の本質的差がないという意味です




そもそも、仏教というのは

全ての人間が「仏界の生命」を具しているわけですから当然です



また、大乗仏教を修行して

仏を目指す人を「菩薩」というので

当然、創価学会のおばちゃんも菩薩になるのです




仏教の修行には、自行、化他(けた)行というのがあって

化他行とは、布教=救済活動 を意味しますが


化他行に関しては、お坊さんより

何百倍も、創価学会のおばちゃんの方がしていますよ(笑)



なかには、10時間、題目(南無妙法蓮華経)を

曼荼羅に唱え続ける

「10時間唱題」を週一とか月一でしている

主婦もいたりして

自行においても、お坊さんに全くひけをとらないご婦人もいる(笑)




仏事と、葬式・お墓の管理くらいしかしないで

たんまりお布施をもらっているお寺さん


近年のスピリチュアリルの思想にのっかり

パワースポットだと宣伝し


お守りなんかを売ったり、お祓いくらいしか

仕事をしていない神社の神主さん


こういった形骸化している寺院や神社の既成宗教とちがって

≪生きた宗教≫なのです





創価学会というのは仏教の基本が守られていて


他の宗教が、神がかったような教祖を、崇めるのに対し

池田さんは、逆で、聖教新聞を無賃で配達する学会のおばちゃんを

「無冠の帝王」と讃え、逆に、会員に頭をさげる


こうしたことに

「私のような人間を、仏として扱ってくれて、池田先生ありがとう」

という心情が湧きあがり、こうした心情が創価学会を支えているのです



とはいえ「無冠の帝王」なんて言葉は

バーチャル的な世界に人間をひきずり込む言葉なので

よくはないのですが・・・・





それから、創価学会というのは、教団の理念と

信者自身のなすべきこと(使命)が明確なのです


〔折伏(しゃくぶく・布教)によって苦悩にあえぐ民衆を救済していく〕



かつ、それをなすことによる

信者のメリットもはっきりしてるのです


〔自己の宿命転換、最終的には

智恵や慈悲の幸福な境涯=仏界の境涯に至る〕




仏教というのは、基本、神仏に救いを求めるというものでなく

自己に内在する仏性(仏界の生命)を

顕現していくというものなのですが



創価学会では

日蓮の図顕した曼荼羅に、南無妙法蓮華経(題目)を唱えると

自己に内在する南無妙法蓮華経(仏界の生命・仏性)が

大宇宙の仏界である南無妙法蓮華経

曼荼羅を介して、合致する と教えています



すなわち、南無妙法蓮華経は

宇宙の仏界、宇宙の根本原理、宇宙究極の法則、幸福のリズム

であるとともに


自己に内在する道徳的な原理でもあり

尊極の生命であるということです



なので、日蓮の図顕した曼荼羅本尊に書かれた

南無妙法蓮華経というのは、日蓮の仏界の生命であるとともに

同時に、自己の仏界の生命でもあり、宇宙の仏界の生命であるわけです





世間ではお寺の方がちゃんとしていて

創価学会なんていいかげんなんだろう

と考えていると思いますが


宗教界からの創価学会への批判というのは

むしろ「日蓮の言うとおりにやりすぎる」という

原理主義的立場です


もっと原理主義的なのが、顕正会なんかだと思いますが




唯一絶対の法を主張する日蓮の教えこそが

もっとも複雑に枝分かれしてゆき


それらがみな

「自分たちこそ日蓮の血脈(けつみゃく)がある」

と主張し争っているというのも


人間の世界のおもしろいところではあるのですが(笑)






初代会長の牧口さん(1871~1944)

二代目会長の戸田さん(1900~58)

三代目会長の池田さん(1928~)


この学会の基盤を築いた三代までの会長というのは

それ以後の会長とは別格視されています



それ以後の会長は「先生」と呼ばず、単に「会長」で

役職としての会員の代表と考えられています





そもそも、創価学会というのは、日蓮正宗 大石寺の「講」として

初代会長の牧口常三郎(つねさぶろう)さんが

創価教育学会というのを立ち上げたことに始まります



牧口さんは、治安維持法

不敬罪(戦争反対と、国家神道よりくだされた天照大神の神札を

拒否するなどしたことが、天皇への不敬とされた)で逮捕、投獄

翌年、に老衰と栄養失調のために獄死しています




この牧口さんというのは、じつに哲学的な思考の持ち主でした



新カント派の「真・善・美」を価値とする考えが

19世紀の終わりから20世紀初めの第一次大戦前にかけて

ヨーロッパ諸国から日本に至るまで定着していたのですが



牧口さんは「人間の目的は幸福になること、価値は幸福の内容である」

と定義し



「人間のいとなみはすべて価値をつくりだす以外にない」


≪価値が自己と外界との関係性から生じる

相対的概念であるのに対して

真理は認識の概念であるから幸福の内容にはならない

真理は価値ではない≫と論じ


「価値論」を著しています



創価学会の「創価」とは、【価値の創造】を意味しているのです




なお、牧口さんの「価値論」の間違えについて

このサイトの 価値論 で、書きました



とはいえ、私の価値論は

牧口さんのアイデアがあったから生まれた

ということは言えますし


なにより、私の哲学への原点が「価値」であったのも

牧口さんの影響からです



つまり、当時の私にとって

牧口さんの「価値論」は、衝撃的であり

それをのり超えるところに

私の哲学に対する興味が出発してるということです



牧口さんを、そこいらの神がかり教祖と一緒にするなよ

という話なのですよ(笑)





二代目会長の戸田城聖(じょうせい)さんという人は

初代会長 牧口さんとともに

治安維持法、不敬罪で逮捕、投獄されています


戦後、学会の再建を目指し

75万世帯入信の目標を掲げ、これを達成し

現在の創価学会の基礎を築いた人とされます



「推理式指導算術」という

中等学校入試対策の問題集を著していて

それがベストセラーになったことからも

かなり頭のよい人だったと思われます



謹厳実直な牧口さんに対し、豪放磊落で

法華経の真意を平易、かつユーモアをまじえて解説するのが上手で


池田さんとは別のタイプの言葉の力をもった人だった

と言えるのではないでしょうか




三大代目会長の池田大作さんは

戸田さんの75万世帯から

会員数700万とも1千万とも言われるほどに発展させた人です


池田さんという人は、言葉の天才です

その言葉は、人の心に情景を思い起させるもので

詩人、文学者に通じます




≪ 蝶は、幼虫のときの自分とは、「まったくちがった自分」になっている

冷たい空気に身をさらしながら、しおれた羽を、だんだん広げていく

やがて、色とりどりの美しい大きな羽が完成します


そして二度、三度、羽を動かすと、あっという間に大空へ羽ばたいていく

いわば「第ニの自分」の誕生です


人間にも「第ニの誕生」がある

お母さんから生れたときを「第一の誕生」としたら

自分が自分の羽で飛び始めたときがある


それが多くの人の場合、十三歳、十四歳の中学生時代かもしれない

「成長」のときだからこそ、いっぱい「悩み」があるんです

走れば「風」が起こる。山に登れば息が切れる

それと同じで、成長しているから「悩み」がある


「希望」と「悩み」の戦いが青春時代です

自分の心の中で、どっちが勝つか、その競争です


私は、中学生のみなさんの全員が、晴れ晴れと「勝利」してもらいたい

「素晴らしい日々だった!」と満足できる青春であってもらいたい

そのためなら、なんだってしてあげたい

「希望」を贈りたいし、「勇気」を贈りたい ≫


「希望の対話」① 21世紀を生きる君たちへ (聖教新聞社)





池田さんの言葉の力が、あまりにもすごいという意味は

それだけ言葉の世界に引きずり込む力が強いということです



学会員は「池田先生の話を聞くと、元気が出る 勇気が湧く」

といいますが


応援も度が過ぎて

子供の頭を、いい子、いい子となでているようなものですよ(笑)


これでは、みんな言葉の世界に依存してしまいます





とはいえ、牧口さんの哲学性  戸田さんの超人性

池田さんの言葉の芸術性

こうしたことに触れられるという魅力も、創価学会の強みと言えます






牧口さんについて、付け加えておくと


牧口さんという人は、単なる釈迦の先生

〔八万法蔵と表現される

膨大な数の仏典を理解する人の意味

学問についての知識が豊富で、説明が上手とかで

重宝がられている存在でしかない学者先生〕ではなく


自分のアイデアをもっていた

真の哲学者であったということです




私は、よく創価学会に批判的なことを書きますが

創価学会が「悪い」というわけでなく

あらゆるオカルト、霊能、宗教が「嫌い」という立場からで


また学会がいちばん巨大ですし

一種の社会現象として

検証されてしかるべき資格ももつからです





今回ばかりは、創価学会のよさを書いておきますが


セミナーなんかで何十万とぼったくる宗教も多いですが

創価学会なんかは、いくら勉強会に参加しようが

1円もとりませんから


その意味においても立派です



結局、総合的に考えても

創価学会がいちばんまともというか


他にまともな宗教がないというのが

創価学会を一人勝ちさせてきた理由と言えるわけです





それから、日蓮は

「この娑婆世界の変革をほうっておいて

死後の極楽往生を願うばかりの念仏宗を信仰すると地獄に落ちるぞ!

念仏無間地獄!!」と、浄土宗を批判しました



それゆえ創価学会をはじめとする日蓮系は、布教に熱心であり

社会改革(=政治)に積極的なのです



すなわち、現実の世界であるこの娑婆世界を

浄土(仏国土)にしていこうという考えに立っているのです



また、現世で幸福になれなくて、なぜ来世で幸福になれるのか!!

という日蓮の考えから


創価学会では、化他(けた)行である

「折伏」(しゃくぶく・法を説いて入信を勧めること。布教活動〕と

「宿命転換」とが結び付けられているのです






なぜ、創価学会のおばちゃんが菩薩?


釈迦は、悟りを得てから没するまでの約50年間

夏の安居〔あんご・雨期の3ヶ月間

一ヶ所に定住し修行に専念すること。夏安居(げあんご)〕を除いて


野宿生活、托鉢(たくはつ)生活をなし

インド各地をめぐって人々を教化したといいます



のちに、部派仏教(いわゆる小乗仏教)の時代に至ると

世俗から離れた場所で、複雑な教理の研究と

厳しい戒律のもと修行に励むことが中心となり


利他(他者に対する教化)

を欠いたものとなっていったとされます




また、声聞(しょうもん・仏弟子)の最高位 「阿羅漢」(あらかん)は

本来、仏(ブッダ)の異名でした


ところが小乗教において、仏(ブッダ)は釈迦1人とされてしまい

仏弟子は阿羅漢までしかなれないとなったのです



こうした部派仏教のあり方に対して大乗教が起こり

大乗教=利他を行ずる者を全て「菩薩」とし

小乗教の聖者よりも上位に置き

みなが仏(智慧と慈悲にみちた境涯・覚者)を目指すことになったのです




つまり菩薩とは大乗仏教(利他)を行じて

仏を目指している全ての人をいいます


だから、創価学会のおばちゃんも菩薩なわけです




ちなみに、日本の既成(伝統)仏教は、全て大乗仏教です


スリランカや東南アジアなどの小乗仏教の国が

今でも釈迦一仏主義をとるのに対し



大乗仏教では菩薩がたくさん存在する以上

過去に仏になった者も多いはずだという「多仏思想」が起こり

阿弥陀如来(如来は仏の異名)

薬師如来、毘廬遮那仏(びるしゃなぶつ)

大日如来など多くの仏が誕生しています




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